紺碧




「ホント、うるさくてすんませんっした」
「あはは、いーよ別に。他にお客さんいたわけじゃないし、気にすんな」

なーなー、って年いくつ? てか何してんの、こーこーせ・・・イダダダ大学生なんだな、ゲンミツに! てことはぁ、一人暮らしとかしてんの? うっそマジで、いーなー好きなことなんでもできんじゃん、オレん家大家族だからテレビもロクに見れねーんだぜー? えっとな、ひいじいちゃんとひいばあちゃんと、じいちゃんとばあちゃんとお父さんとお母さんと兄ちゃんと・・・あと色々! ・・え、なんでオレが一番下だってわかったのー!? スゲー、ってエスパー? あ、てかさてかさ、オレん家遊びいきた「帰るぞ田島」
「ちょ、まだいーじゃんか・・わわ、ひっぱんなっつの花井ーッ!」

わぁわぁと喚く田島を3人がかりで引きずり出す。これ以上西浦高校野球部の恥を晒してたまるか!
けれど店の扉を開けたとき、呼び止められた声に振り返る。立ち上がったその人は、レジの向こうでにぃと唇を吊り上げて笑った。

「名前。どうせだから教えていってよ」
「・・阿部」「えっと、花井・・です」「栄口、です」
「阿部に花井に栄口・・「オレ悠一郎!」・・それに田島、――よし覚えた」

その人――、はふわりと笑いながら手を振った。

「また今度、な」



のろのろとチャリをこぎながら、4人はなんとなく無言で帰り道を進む。鼻歌交じりに落ち着きなく、くねくねさせながらチャリを走らせる田島は置いておくとして、阿部をはじめとする3人は3人とも、誰が一番最初に話を切り出すかという腹の探りあいに忙しい。お互い、気になっていることは間違いない――が、それを一番に口に出したらなんとなく負けな気がする。けれど夜の闇の中に薄ぼんやりと分かれ道が浮かび上がってきた。・・・ここが最後のタイミングだ。

「あー・・なんつーかさ、不思議な人・・だったな」

こういう空気で、一番に折れるのは間違いなく花井だ。

「そだね。田島なんか、すぐ懐いちゃったし」
「あれはアイツが特殊なんだろ」

当の田島は最高に機嫌がいいらしい。所々音の外れた鼻歌は、鼻歌というにはデカすぎる音量でメロディーをなぞっているし、よくよく何を口ずさんでいるのか聞いてみれば、懐かしすぎるポケモンの第一期OP。スカートの中に潜り込んだ後で入る合いの手がやたらはっきりした男子高校生の声で紡がれると、なんだか無性に腹が立つ。

「・・・カッコイイ人、だったね」

“カッコイイ”よりもどちらかといえば“綺麗”のほうが適しているだろう、と阿部は思う。すぅと通った鼻筋に楽しげに笑う夜のような瞳。頭の高いところで結ばれているらしい黒の髪が、けらけらと笑い声を立てるたびに揺れて、この世には確かに綺麗な造りをもって生まれてくる人間がいるのだと納得させる。

見た目は、男なのだ。一人称も「俺」で、紡がれる言葉は粗野・・とまではいかなくとも、決して丁寧ではない。あんな姿で、あんな口調で喋る女子大生なんて――そんなの、イメージの崩壊があまりに酷いじゃないか。全国の女子大生に謝れ。というか、“女子大生”という響きに夢を抱く男子に謝罪しろ。けれど、ふとしたときに見せた表情は直感的に「女」を思わせて、どうにも調子が狂う。

「なー!」
「・・あ? なんだよ田島」

先を行っていた田島がキュとブレーキの音を響かせて止まり、首だけで振り返った。その目に宿っていた、一種の真剣さを帯びた光に3人は思わず息を呑む。そしてその一瞬後、顔中に広がった満面の笑みと高らかに宣言された言葉に、台詞を失った。

「オレ、にホレたかも!」

―――このときの衝撃と言ったら、ない。花井はまたがっていたチャリから転げ落ち、栄口は「わー・・あー・・へー・・」とワケのわからない呪文を唱えはじめ、阿部はただパクパクと酸素を求める金魚のようになって。うわ、なにやってんだよ花井ー! と声を上げて笑った田島だが・・・自分を取り囲む空気の異様さにしばらくしてようやく気付き、きょとんと首を傾げた。

「・・おまえら、だいじょーぶ?」
「・・っ、大丈夫じゃないのは、お前だろーがっ!」

花井の怒鳴り声に、「な、ななッ、何がだよ!?」と田島は体を竦ませる。

「田島、お前今なんて――・・」
「え? にホレたかも、って言った」

ああ、酷く哀しいことに聞き間違いではなかったらしい。最後の望みが断ち切れた音を聞いた気がして、阿部は頭を抱える。視界の端で花井が顔を真っ赤にしながら次に怒鳴りつける台詞を探していたり、「へー、田島って、そうなんだぁ・・」ともはや蚊帳の外にいる気でマンマンの栄口に構っている暇はない。我らが西浦高校野球部の誇る4番には、どうやらそっちの気があるようだ。別にだからといって何が変わるわけでもないが、予想外の事態には違いない。

「田島、お前ホントにわかってんのか? あの人、お「ムネはちっちぇーけど、スゲー面白ぇもん!」


眩暈のように堕ちた恋

(・・・・ぇ、ぇええええ!?)(? 何おどろいてんの?)(いやいやいや、あの人男だろ!?)(何ゆってんの花井、女じゃん。どー見たって、ゲンミツに!)(えええ!? 栄口、お前どう思った!?)(男の人だと、思ってた けど・・)(えーッ!? うっそだぁ!)(・・阿部は、気付いててあんなこと言ったの?)(いや、正直俺も半信半疑だった・・)(なんだよお前ら見る目ねェなー!)

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105:眩暈のように堕ちた恋.....鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date  07.12.15   up date  08.02.01
間違いなく女です。これからどうぞ、よろしくお付き合いの程を。