白緑




「田島は、ほとんど自分のこと話さないよ」

サンは柔らかな苦笑を浮かべながら、静かに言った。余程 “信じられない” という顔でもしていたのだろうか、口元に浮かべた苦笑いを深めて「意外?」と重ねられる質問に、阿部は口ごもることしか出来ない。

「田島がここで喋るのは全部野球部のことだけど、でも自分の話なんて全然しない。今日は三橋の調子がよかったとか、阿部があんま怒ってなかったとか、花井がでっかいの飛ばしてたとか、水谷がまたフライ落としたとか・・・そんなんばっか」

おかげで、田島が一体どこのポジションで、何番打ってるのかはっきりわからないままなんだよなぁ。
小さく呟いて、サンがふわりと笑う。表情の変化ひとつひとつが柔らかで、緩やかで、穏やかで、ほんの数年の年の差をまざまざと感じさせる。見た目なんてそれこそほとんど変わらないのに――ああこの人は、 “子供ではない” のだと、不意に浮かんだ思いがパズルのピースのようにカチリとはまる。

「・・田島は、」
「うん?」

包装された週刊ベースボールを受け取って、阿部は唐突に言葉を紡ぎ始める。

「田島は、サードで四番で・・最近はキャッチの練習もし始めてて、」
「うん」
「オレらのチームで頭一つ飛びぬけてるのは田島で、花井みてーなガタイはねェけど、それを補うだけのバッティングセンスとか野球センスとか・・そーゆーのはホント、チームいちで」
「うん」
「・・・バカだけど」
「・・・うん」
「バカでガキだけど、スゲェ奴なんです」

ぽん、と頭に載せられた手の平の温かさに、言葉が詰まる。

「・・田島もな、同じこと言ってたよ。あいつらみんなスゲー! って」



ここ最近、田島の調子がものすごくいい気がする。今日も快音を響かせる田島のバッティングを見ながら花井は思う。一球に対する集中の度合いが半端なく、ボックスに立ったときの田島を通してグラウンドを眺めると、そこには球場が浮かび上がる。土のにおいと立ち昇る熱気、湧き起こる歓声にぴんと張り詰めた緊張――それらが色鮮やかに広がって、花井は思わず息を呑む。

「・・・田島、これやる」
「うお!? 阿部、このパンもらっていいのかっ!?」

昼休み、用事を片付けがてら7組に顔を出す。阿部にしては珍しく、三橋ではなく田島を餌付けする様子に多少の違和感を覚えるが、田島が物足りなそうな顔をしていたことは確かで。「三橋ー、半分こするー?」きらきらとした笑顔を振りまく田島の背後で、水谷と泉がへにゃりと口元を歪めているがとりあえず。

「おい田島、お前昨日数学の宿題がどーとかって言ってなかったか?」
「!」

花井のその台詞にぎょっと目を剥いたのは当の田島ではなく、今まさにパンにかぶりつこうとしていた三橋と、冗談じゃんかよー阿部クンのい・け・ずぅ!と軽口を叩いた水谷を生贄に差し出した泉だった。ぱちぱち、と二人ともその大きな目を瞬かせた後、視線を泳がし・・・そのままきょどきょどと右往左往するのが三橋で、まるで何事もなかったかのように会話に戻っていくのが泉である。

「・・お前らッ、やってねぇのかよ!?」
「別に大丈夫だって、どうにかなる」
「お前のその自信はどこから来るんだ泉!」
「・・日頃の行い?」
「日頃の、おこない だよっ!」
「いや、お前らそれだったらむしろ慌てるべきだと俺は思うんだがな――特に三橋」
「ぅ、うえッ!?」
「つーか田島はどうなんだよ。オレより田島のほうが危険だろ」

あえて――返事をしてこない田島をあえて視界に入れないようにしていた花井だが、一つ息を付いたあと、観念したように視線を送る。

「え、オレ? オレもうそれ終わらせてあるもん」

かぷり、とパンをほお張る姿はさながらリスのよう――・・・って、嘘マジで? 今コイツなんつった? “もう終わらせてあるもん”? 話の内容伝わってんのか、数学の課題の話だぞ田島! へとへとになるまで練習して、その晩お前が毎日勤しんでいるらしい口には出せないナントカの話じゃねぇんだぞ! ・・いや、いやいやいやナイ、それはナイ。だって、田島だぞ? 田島が、数学の課題を終わらせてあるなんてそんな、だって・・数学の課題だぞ!? 田島がぁああ!?

「うん。だってに教えてもらったし」

――ああ、なるほど そーゆーことね。
深く納得した花井の視界の端っこで、阿部がジュースの紙パックを握りつぶした。



最近、阿部が情緒不安定だ。半泣きの水谷は、水飲み場で顔を洗いながら鼻を啜る。ぐしゃ、と鈍い音と共に阿部の手の中で握りつぶされた紙パックにはまだ半分ほど中身が残っていて、それがストローの先からまるで噴水のように水谷の顔面を直撃して。奴らはみな、びっくりしたように目を真ん丸にした後、まるで火がついたように爆笑し始め、10:0の割合で非のあるあの自己中キャッチャーは、目の端に涙を浮かべながら「わ、悪ィ クソレフト。わざとじゃ、ねぇんだ」と肩を震わせた。――・・・泣きたい、あいつら皆ヒドすぎる。じわりと浮かんだ涙をごまかすようにもう一度水をかぶり、覚えてろよ阿部のヤロー!と、本人を目の前にしたら口に出せない思いを胸に叫ぶ。

「・・水谷? 何、どーしたのお前」

水濡れ頭で振り返ると、そこには不思議そうに首を傾げる栄口(我らが西浦ーぜの大天使 ミカエル!)。じわりと目頭が熱くなって、「聞いてよ栄口ィ! みんな酷ェんだ!」と泣きつこうとしたら、乾いたタオルが顔面に投げつけられた。・・あれ、なんかちょっと痛かったんですけど気のせいですかミカエル?

――・・ってワケでさァ、それにしても阿部ヒドくね!?」
「確かに、それは阿部が酷いね」

栄口だけだよー、オレのことわかってくれるのはぁ! と抱きつく真似をしたら、やんわり逃げられた。・・あれ、なんかちょっと俺のこと避けてないですかミカエル?

「それまではスゲー機嫌よかったんだぜ、阿部。田島にパンとかやってさー」
「へー、三橋じゃなくて?」
「そ、三橋じゃなくて」

ここで普通に三橋の名前が出てくるくらい、ウチのチームの正捕手は投手に対して過保護だ。

「ホント、急にだよ? いきなりぐしゃって・・なんでオレがこんな目に・・ッ!」
「あはは、水谷はホントにそーゆーキャラだよねー」
「・・・・栄口、それは一体どーゆー意味、ですか」」
「うん? そのまんまの意味」

今何か、オレおかしなこと言ったかな? とにっこり微笑む大天使に、水谷は告げる言葉を知らない。

「そんな突然だったんだ?」
「そーだよ! 田島が数学の宿題やってきたって話してて・・・あ、えーと、なんだっけ、あの人、ホラ・・!」
「・・もしかして、さん? あの本屋の」
「そうそう、さんに田島が数学教えてもらったーとか喋ってたら急にブシュー!って」



――ああ、なるほど そーゆーことね。
まだ色々話し足りなそうな水谷に「悪いけどオレ、この後移動教室なんだ」と別れを告げ、1組へと戻りながら栄口は口元を緩める。最近やたらと練習終了から帰宅までの早い天真爛漫な4番が帰り道にどこへ寄っているのか、栄口にはとうに見当がついていたし、昨日が水曜だったことを考えれば無愛想なキャッチャーの機嫌がよかった理由にも思いあたりがある。同じ場にいたはずなのに、その原因にどうも気付く様子のない花井に栄口は「・・なんで?」と思わずにいられない。「栄口はみんなの緩衝材だよねー」とにこにこ笑う水谷の言葉を肯定するのはどことなく癪だが、確かにそうなのかもしれないと思った。

午後の練習。水谷の話を聞く限り、よくないのではと心配した阿部の機嫌はしかし、いつも通りだった。むしろノッているような気がする。いざというときには、阿部のイライラの矛先になりがちな三橋のフォローに回るしかないか、と半ば諦めていた栄口だがその様子にホッと息をついた。

が、その反対に見ていられなかったのが田島だ。やたらと調子がいいのは確かにそうなのだが、今日はなぜか妙にそわそわしている。空気が張り詰めるような集中が見事なまでにぷっつり途切れていて、田島の目がちらりちらりとグラウンドの外に逃げている。根っから野球小僧な田島のことだ、早く帰りたいなんてことは天地がひっくり返ってもないだろうが、だからこそ今日みたいなのは珍しい。

それをモモカンに看破され、自力金剛輪を2度も食らった後の休憩。汗にまみれたアンダーシャツを替えるため、上半身裸になった田島はグラウンドの外に目を向け、そしてその目を輝かせた。

ーッ!」
「あ、こら待て田島! お前、服・・っ!」

花井の制止も聞かず、一直線に駆け寄っていくその先にいたのは。

「(・・・ああ、なるほど そーゆーことね)」

栄口の視界の端っこで、急に方向を変えた阿部の足につまづき、水谷が派手にすっころんだ。

晴れときどき?

(な・・っ何すんだよ阿部ぇええ!)(あ、悪ィ クソレ(み・ず・た・に! 謝るときぐらい名前呼んで!)(つかって・・アノ人だよな、本屋の)(ああ! みんなで行ったときチロルチョコくれた人!)(そんで、田島の・・)(なんで来たのかな、家近いとか?)(さーどうだろ・・・・・てかもしかして田島の奴、見に来てって言ったんじゃ・・!?)(((ありうる・・!)))                         (・・・あンにゃろォ・・!)
 

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033:晴れときどき?.....鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date  07.12.21   up date  08.02.13
西浦ーぜの日常をオムニバスで。栄口くんはいい人です。彩斗は頑張る水谷を応援します。