「ーッ!」
グラウンドに響き渡る大声で、田島が叫んだ。口に含んだアクエリがごきゅ、と音を立てて喉を滑り落ち、阿部の体は反射的に振り返る。踏み出した一歩に躓いたクソレフト水谷の姿など、当たり前のように阿部の意識からは抜け落ちて、フェンスの向こう側で田島にひらひらと手を振るサンの姿に、心臓がとくんと波打つ。本屋のエプロンを身につけず、ジーパンにTシャツ一枚という姿のサンは――なんというか、そのまんまで、あまりにそのまんますぎて・・・・・え、何このそこはかとない失望感。
「(・・いや、あの人に “女子大生” を求めるのが間違ってんだ)」
ぶんぶん、と降って湧いた邪念を打ち払うように首を横に振る阿部を余所に、残されたチームメイトは話を続ける。ニヤニヤという笑みが消えないのは勿論、彼らが健全な男子高生だからだ。
「あらー、誰 あの人? 田島君のお姉さんとか?」
―― 一発で、サンが女だと見抜いたモモカンはさすがだと思う。
「違いますよ監督。あの人は、さんって言ってー、」
「学校の近くの本屋でバイトしてる大学生でー、」
「「そんで、田島のオモイビト!」」
見事なまでにシンクロした泉と水谷を、後ろからスパイクで蹴倒してやろうかと思ったが、きらっと目を輝かせた監督の姿にそれは遮られる。・・なんでアンタそんなに興味津々なんだよ監督、食いつきすぎじゃねェの監督、つか今日田島が集中してなかったの多分あの人のせいですよ監督、いいんすかそんなこと許して!
「へー 田島君の、ねェ! ・・年上好みなのかしら」 ちょ、監督!? 何言ってんの!?
「さぁ。でもあの人、あんま年上って感じしねェよなー」
「そうそう。つか正直女らしくもねーし」
「・・ここから見る限り、 “懐いてる” って感じのが強いわねー! 兄弟みたい」
「そーなんスよ。でも最近ずっと練習終わった後会いにいってるみたいだし、本気なのかも」
「ヘェ・・・なかなかやるわね、田島君!」
――・・あの、監督? なんすかその「なかなかやるわね」ってのは!
割ってはいって会話をぶった切りたい衝動に駆られるが、こぶしを握ってなんとかやり過ごす。三橋といいコイツらといい、どうしてこうオレに我慢を強いるのだろう。己の堪忍袋は基本的な大きさよりも若干小さめに出来ているらしいという自覚はあるが(栄口あたりは、この “若干” を取り消せとちみちみうるさい。「阿部ってすぐ怒るよなー」と唇を尖らしてばかりの田島もきっと、 “若干” という言葉の意味が分かれば栄口に同調するのだろう)、それはこちらに我慢を強いているからだと気付いて欲しい。普通の生活において、自前の堪忍袋はそうそう膨らんで破裂したりはしないのだから。
阿部の視線の先で田島は飼い主を見つけた犬のようにサンに駆け寄り、その手を掴んだ。 (「おッ? なぁなぁ泉、田島のヤツ サン連れてくる気じゃね?」) ぐいぐいとその手を引いていく田島と逆の方向に、サンの上体が傾いている。掴まれていない左手をぶんぶん振って、引き返そうともがいている。 (「・・・なぁ水谷、オレにはサンがスゲー嫌がってるように見えるんだけど」) どうしてもそれを許したくないらしい田島は両手でサンの手首を掴み、「おじいさんとかぶ」の童話のようにずりずり引きずって、遂にグラウンドに引っ張り込むことに成功した。 (「うわ、ホントに連れてきやがったよ田島のやつ!」)
「・・・てゆーかさ、」
「ん、どした沖ー?」
「さんが、田島のハダカに全然たじろがなかったことにビックリしてんの、オレだけ?」
「「・・・・・」」
オレも同じことを考えてたよ、沖・・・・と阿部は心中そっと零す。
「ホラ、みんないるんだぜ!」
「・・そりゃ練習中だもん、いるでしょうよ」
グラウンドの土を踏み、ようやく諦めたらしいサンは、田島に引かれていないほうの手で苦笑交じりに手を振った。へらへらした笑みで手を振り返すチームメイトにも阿部の青筋は浮かび上がるが、それよりも未だ繋がれたままの手のほうが阿部の神経を逆なでする。もう普通に歩いてんだからいいだろーが! と怒鳴りつけたいのは、手を離さない田島なのか、それとも手を振り払わないサンに対してなのか。
「じゃーん! 連れてきた!」
「連れてきたって・・たまたま見に来たんじゃないの?」
きょとん、と首を傾げる西広に、田島はまるで当然のことのように、
「昼休みンときに、ヒマだったら練習見に来て!ってメールしてさー」
「え、なに田島お前、メアド交換したの?」
「へっへーん、羨ましいだろ泉ー!」
ぱしん、とサンの自由な左手が田島の後頭部をはたいた。「何ワケ分かんないこと言ってんの」と呆れ顔を浮かべるサンを振り返り、楽しそうに田島が笑う。まるで悪戯を見つかった子供のような顔に、サンの肩から力が抜けていつものふわっとした笑みが浮かぶ。あの、人を甘やかすことに慣れた表情。
「田島、監督さんに挨拶したいんだけど」
「ん、わかった! こっち!」
ぐい、と不意に引っ張られてサンが体の軸を揺らし、けれどすぐ立て直す。「こら田島、いきなり走り出すなっての!」「うわ、ゴメン!」――こけなかったことにホッと息をついて、顔を上げたサンとばっちり目が合った。・・・・・やべ、ガン見してたことばれた、か・・?
咄嗟に阿部の脳裏に過ぎる嫌な予感はしかし、微笑むサンに掻き消される。ひらひら、と自分に向けて振られた手にじわりと心臓が熱を宿す。宵闇のような瞳は月の下でも太陽の下でも、同じように澄み渡った光を湛えていて。
「・・さっすが田島、仕事はやっ」
「大学生のおねーさんにメアド聞くなんて・・オレには真似できないわ」
「まぁ、水谷だしね」
「水谷だしな」
「クソレフ「み・ず・た・に! 泉しつこい!」
「――いやでも、ホントすげぇな田島。積極的ー」
「だよな。押せ押せー!って感じ」
「・・やっぱマジなのかな、田島のヤツ」
「そー、なんじゃねぇ? じゃなかったらあそこまで出来ねェだろ」
「「・・・っはー、カッコイイなぁ田島」」
(メアドなんていつ聞いたんだよあのヤロ、本当に毎日行ってんじゃねェだろーな・・・ってか行ってんだろーな田島のヤツ・・。ンなヒマあんなら勉強でもやれ、ってああそうか教えてもらったとか言ってたなアノ野郎。そんな時間がどこにあんだっつーの、ああなるほどね、メールで聞いてンの。へー・・そう、メールでねぇ・・)(阿部ー? どしたの、なんかいつにも増して凶悪な顔してんだけど)(このク・ソ・レ・フ・トォオオオ!)(えええええ、何でオレ!?) (バカだ水谷)(アホだ水谷)(ほんとバカだね水谷)(哀れ水谷)(それでこそ水谷だよ)(み みずたに、くん!)(大丈夫、抜けたレフトはオレが頑張って埋めるよ水谷!)(えええ何言っちゃってんの西広ォオオ!?)
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121:太陽を焦がす.....鴉の鉤爪 / ざっくばらんで雑多なお題(日本語編)
writing date 07.12.23 up date 08.04.01
田島のハダカにたじろがなかったのは、実家(カノ猫シリーズ)の都合につき。彩斗はかわいそうな水谷を(ry